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080 決意

last update Last Updated: 2025-08-02 17:00:36

 台風が過ぎ去って、三日が経った。

 菜乃花はまだ部屋に閉じこもっていたが、それでも食事はしっかりと摂るようになっていた。

 そして夕食時間が終わった頃に、人目を避けるようにして風呂にも入っていた。

 * * *

 あおい荘は少しずつ、元の雰囲気を取り戻していた。

 つぐみも元気になり、相変わらず直希やあおいに小言を言いながら、日々の業務を仕切っていた。

 つぐみが時折見せる寂しそうな横顔に、直希は気付いていた。しかしそれは彼女自身が乗り越えるべきこと、彼女が自分を頼ってこない限り、自分から立ち入ることはするべきじゃないと思っていた。

 中途半端な同情心を向ける方が、つぐみに対して失礼だ。つぐみの気高い決意を否定するような真似だけはしたくない、そう思っていた。

 あおいは入居者たちと一緒に働けることが、本当に嬉しい様子だった。毎日が楽しくて仕方がないと、直希に笑顔で言っていた。

 菜乃花の学校からは、担任の教師から毎日のように連絡があったが、小山が対応し、もうしばらく休ませるつもりだと伝えていた。

 川合美咲も、一度だけやってきた。菜乃花とは会えなかったが、帰る時に小山から菜乃花の手紙を受け取り、その手紙を読んで嬉しそうに涙ぐんでいた。

 * * *

 その日の夜。

 菜乃花は小山に頼みごとをしてきた。

 それを聞いた小山は、一瞬表情を曇らせた。しかし、自分を真っ直ぐに見つめる孫にうなずくと、「本当にいいんだね、菜乃花」そう言った。

 菜乃花が小さく笑うと、小山は両手を広げた。

 小山に抱きしめられた菜乃花は、「ありがとうおばあちゃん……大好き」そう言って涙を流した。

 * * *

 翌朝。

 慌ただしく朝食の準備が済み、入居者スタッフが席に着いた。

「それじゃあみなさん、いただき……」

 と直希が言いかけた時、小山が声をあげた。

「ナ

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     台風が過ぎ去って、三日が経った。 菜乃花はまだ部屋に閉じこもっていたが、それでも食事はしっかりと摂るようになっていた。 そして夕食時間が終わった頃に、人目を避けるようにして風呂にも入っていた。 * * * あおい荘は少しずつ、元の雰囲気を取り戻していた。 つぐみも元気になり、相変わらず直希やあおいに小言を言いながら、日々の業務を仕切っていた。 つぐみが時折見せる寂しそうな横顔に、直希は気付いていた。しかしそれは彼女自身が乗り越えるべきこと、彼女が自分を頼ってこない限り、自分から立ち入ることはするべきじゃないと思っていた。 中途半端な同情心を向ける方が、つぐみに対して失礼だ。つぐみの気高い決意を否定するような真似だけはしたくない、そう思っていた。 あおいは入居者たちと一緒に働けることが、本当に嬉しい様子だった。毎日が楽しくて仕方がないと、直希に笑顔で言っていた。 菜乃花の学校からは、担任の教師から毎日のように連絡があったが、小山が対応し、もうしばらく休ませるつもりだと伝えていた。 川合美咲も、一度だけやってきた。菜乃花とは会えなかったが、帰る時に小山から菜乃花の手紙を受け取り、その手紙を読んで嬉しそうに涙ぐんでいた。 * * * その日の夜。 菜乃花は小山に頼みごとをしてきた。 それを聞いた小山は、一瞬表情を曇らせた。しかし、自分を真っ直ぐに見つめる孫にうなずくと、「本当にいいんだね、菜乃花」そう言った。 菜乃花が小さく笑うと、小山は両手を広げた。 小山に抱きしめられた菜乃花は、「ありがとうおばあちゃん……大好き」そう言って涙を流した。 * * * 翌朝。 慌ただしく朝食の準備が済み、入居者スタッフが席に着いた。「それじゃあみなさん、いただき……」 と直希が言いかけた時、小山が声をあげた。「ナ

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